きらきらじゃない、けど確かだった放課後
さくら咲く
生まれた瞬間のことなんて、もちろん覚えていない。
けれど、母が時々してくれる話の中で、私はその時間を想像する。
春の始まり、近くの公園に桜が咲きはじめた日だったらしい。
予定日より少し早くて、病院までの道を父は緊張で無口になり、母は車の窓から空を見上げていたという。
その空の下で、私は泣き声をあげた。
「すごく、元気だったのよ。肺がちぎれるかと思うくらい、力いっぱい泣いてね」
そう言って、母は決まって少し笑う。
だけどその笑いの奥に、どこかホッとしたような、深く安堵したような表情が混じっているのを、私は見逃さない。
名前は「さくら」。
響きのかわいさと、季節にちなんでつけられたと聞いた。
けれどそれ以上に、母が「人の心をふわっと明るくする子に育ってほしい」と願いを込めたらしい。
桜の花が満開になる瞬間って、誰もがふと足を止めて見上げてしまうような、あのやさしい強さの象徴みたいだなって、今ならわかる気がする。
アルバムには、たくさんの写真が貼ってある。
ふくふくした赤ん坊の私が、布団にくるまれて笑っていたり、むすっとした顔でミルクを飲んでいたり。
写真は静止画なのに、そこにある空気まで感じるような気がするのは不思議だ。
写真の端に「20XX年3月」と書かれたメモ。
その日、どんな風が吹いていたのか、どんな匂いがしたのか――もう確かめようもないけれど、この日があったから、私は今ここにいる。
「生まれてきてくれてありがとう」
その言葉が、私の人生の最初の贈り物だったのかもしれない。
2歳の私は、鏡の前でにやにや笑っていたらしい。
母の口紅をこっそり持ち出して、自分の小さな唇に、何度も何度もなぞっていたという。
目の周りや鼻の下、頬にまで真っ赤な線が入り乱れていたらしいけど、その時の私はいたって真剣だったんだろうと思う。
母が部屋に入ってきて、その姿を見た瞬間「ああっ!」と大きな声をあげた。
でも、すぐに吹き出して笑ったという。そのときの笑い声が、今でも耳の奥にこだまするような気がしている。
「かわいい〜!」って言いながら、母はすぐに写真を撮った。
少しぼやけた写真の中で、私は得意げな顔で、口の端まで赤く染めたまま笑っている。自分が「誰かに見られている」「かわいいと思ってもらえている」という感覚を、きっと私はあの時、初めてちゃんと受け取ったんだ。
鏡に映る自分の顔。お化粧って、ただ真似をしてみたかっただけじゃない。
たぶん私は、お母さんみたいになりたかったんだと思う。
お母さんはいつも忙しそうで、だけど誰よりもきれいで、夕方になると髪を結び直して、口紅をさっと引いていた。
その姿が私にとっての「大人の女性」のすべてだった。
その頃の記憶は、正直あまり残っていない。でも、「口紅を塗る=少し特別なこと」っていうイメージだけは、ずっと私の中に残っていた。
すっかり大きくなった今も、リップを引くたびに、ほんの少し背筋が伸びるのは、あのときの名残かもしれない。
私のわたしらしさは、もしかしたらあの赤い口紅から始まっていたのかもしれない。
私はちゃんと歩けるのかな?
玄関のドアが、思ったよりも重たく感じた。
真新しい赤いランドセルを背負って、母の前に立った私は、なんだか世界が急に遠くなったような気がしていた。
前の日の夜、何度も鏡の前でランドセルを背負ってみた。
新しい制服も嬉しくて、ボタンを外してはつけて、また外して。
「明日から小学生なんだよ」と母に言われるたび、「うん」と返事をしたけど、実感はなかった。
それでも、今日その扉を開けて外に出たら、私は本当に子どもじゃない誰かになるんじゃないかという気がしていた。
靴を履く手が少し震えていたのを、母は気づいていたのかもしれない。
「さくら、大丈夫よ」と、そっと背中を撫でてくれた。
その手のあたたかさと、まだ冬の冷たさを残した空気とが混じって、私はひとつ深呼吸をした。
近所の道を、他の子たちも歩いていた。
赤いランドセルが、点々と続いている。
私はその列の最後のほうで、少しだけまわりの子の会話を気にしながら、でも話しかけられるのも怖くて、下を向いて歩いた。
「私はちゃんと歩けるのかな?」
そんな気持ちが、ランドセルの重さと一緒に背中にのしかかっていた。
でも、信号を渡ったあたりで、小さな声で「おはよう」と言われた。
その声に返事をしたとき、ランドセルが少しだけ軽くなったような気がした。
あの朝、自分の足で歩いた道のことを、私は今でもよく覚えている。
世界が少しずつ広がる瞬間というのは、音もなく、静かに訪れるものなのかもしれない。
気づかないふりができたらよかったのに
教室に入った瞬間、空気が変わったことに気づいた。
いつも笑い合っていたはずの3人組の輪が、私のことだけ見ていない。
私が「おはよう」と言っても、返事が返ってこなかった。
その瞬間、心のどこかにヒュッと冷たい風が吹き抜けた。
何かしたんだろうか。
昨日の帰り道、何か言い方が悪かった?
思い返しても思い返しても、心当たりが見つからない。
席について、教科書を出す。
黒板を見つめて先生の声を聞いているふりをする。
でも、意識の半分以上はずっと、あの3人の小さな笑い声や、私の話題だけを避けているようなタイミングの悪さに、釘づけになっていた。
給食の時間になって、私は一人でパンの袋を開けた。
視線の先で3人が並んで座り、私の席の横だけ、ぽっかりと空いたままだった。
その空間が、まるで私の存在を囲って遠ざける“壁”みたいに見えた。
「気づかないふりができたらよかったのに」
そう思った。
けれど私は、不器用だった。
傷ついていないふりが、どうしてもできなかった。
家に帰って母に言おうとしたけれど、うまく言葉にならなかった。
「どうだった?今日」って聞かれて、「うん、ふつう」とだけ答えた。
玄関にランドセルを置いて、手を洗って、テレビの前に座った。
いつもと同じ動作の中で、私の中の何かが確かに変わってしまったのを感じていた。
その日から私は、少しずつ「空気を読む」ことを覚えた。
大人びた顔をして笑うようになった。
本当は、ただ一緒に笑ってくれれば、それでよかっただけなのに。
続けるのが強さだと思ってた
中学に入ってすぐ、私は吹奏楽部に入った。
理由は単純で、「人気があったから」
あの頃の私は、どこかに所属していたかっただけなんだと思う。
自分の居場所がはっきり形になっていてほしかった。
最初は楽しかった。リコーダーしか触ったことのなかった私が、クラリネットの音を出せるようになっただけで嬉しかった。
先輩に褒められたり、みんなでリズムに合わせて一体になる瞬間も、確かに心が弾んだ。
でも、だんだん息が続かなくなってきた。
部活が終わった後、廊下の隅で一人だけ怒られて、楽器を洗いながら泣いた日もある。
「なんでやってるんだろう」
そう思ってしまう自分が、いけないことをしているような気がしていた。
頑張ってる人たちを前に、「もうやめたい」なんて思ってはいけない。
そう、ずっと思っていた。
でも、ある日ふと、校舎の裏で空を見上げたとき、
「あ、もうやめてもいいかも」って声が、心の奥から静かに聞こえてきた。
誰かに許されたわけでも、何かがきっかけになったわけでもない。
ただ、もうここでは、自分が好きでいることができない――それだけだった。
やめると言った日、顧問の先生は驚いた顔をして「もったいないな」と言った。
私は、ただ「すみません」とだけ言って、少しうつむいた。
家に帰って、母に伝えた。
怒られると思っていたけど、母は「そっか」と言って、それ以上なにも言わなかった。
そのやさしさが、逆に胸を締め付けた。
お風呂の湯気の中で「やめたからってダメになるわけじゃないよね」って、小さな声で自分に言ってみた。
「続けるのが強さ」だと思っていた。
でも、やめることも、自分の意思で選ぶなら、それもひとつの強さなんだと、あのとき少しだけ分かった気がした。
わたしの声が、ちゃんと届いた
それは、文化祭の2日目、体育館のステージ。
天井のライトが熱を帯びて、まぶしいというより、ちょっと怖かった。
練習では何度も歌ってきたはずの曲なのに、イントロが流れた瞬間、頭が真っ白になった。
クラスの合唱で「ソロパートやってみない?」と先生に言われたとき、最初は絶対無理だと思った。
でも「さくらの声って、透明感あるよ」って言われたのが、なぜかずっと心に残って。
勇気とかじゃなくて、あの一言に引っぱられるように「やってみます」って言ってた。
ステージに立つ直前、マイクを持つ手が少し震えてた。
でも、幕の裏で「がんばれ」って、隣の子が小さな声で言ってくれた。
その瞬間、足がちゃんと床に触れてる気がして「行けるかもしれない」と思えた。
イントロが終わって、いよいよ私のパート。
声が出た瞬間、自分の耳にすら驚いた。
少しだけ震えていたけど、それは緊張じゃなくて、想いがこもっている震えだった。
歌っている間、客席はちゃんと私の方を見ていた。
ザワザワしていた空気が、ほんの数秒、すっと静まったのを確かに感じた。
1曲が終わった後、拍手が起きて、舞台袖に戻ってきた私は、泣きそうになった。
「大成功じゃん!」って誰かが言ってくれて、それで泣くのをこらえきれなかった。
たった数分間だったけど、誰かにちゃんと届いたって思える瞬間は、きっと人生でそう何度もないと思う。
その感覚が、今も胸のどこかであたたかく灯ってる。
この日から私は、自分の声をちょっとだけ信じてみようと思えるようになった。
あのステージの上の光景は、今でも心の奥に残っていて、くじけそうなとき、そっと背中を押してくれる。
夢の輪郭が、少しだけにじんだ
「美大に行きたい」
そう言ったとき、母は驚いた顔をして、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと、「…現実を見なさい」と言った。
その言葉の音だけが、いつまでも部屋に残っていた。
テレビの音も、キッチンの水の音も、全部遠くに感じた。
私はうなずくことも、反論することもできなくて、ただそこに座っていた。
絵を描くことが好きだった。
誰かに見せたことはほとんどないけれど、スケッチブックのページをめくると、そのときの気持ちや呼吸まで蘇るような気がしていた。
「美大に行きたい」なんて言葉にしたのは初めてだった。
それでも、ずっと頭の中にあった。
目指すこと自体が難しいってことも、学費のことも、就職が厳しいって話も、全部わかっていた。
だけど、それでも「やってみたい」って思った。
「夢を否定された」と思った瞬間、胸の奥がぎゅっと痛くなった。
でも同時に、「夢って、守らないとすぐ壊れるんだな」ってことも知った夜だった。
部屋に戻って、机に向かったけれど、ペンが持てなかった。
泣くほどでもないけど、眠ることもできなかった。
ただ、窓の外の街灯を見ていた。
白い光が、まるで何も知らないふりをして静かに照らしていた。
その夜、私はひとつ大人になったと思う。
傷ついた分だけ、夢の輪郭が少しだけにじんで、
だけど逆に、前よりもその存在がはっきりしてきた。
誰かに認められないと本物にならないの?
そんな問いが、心の中でずっとぐるぐる回っていた。
でもいつか、自分の手で答えを出したい。
まだそう思えているだけ、私はあの夜に負けていないのかもしれない。
誰にも言わなかった小さな旅
受験が近づいてきた頃、母は相変わらず「現実的な選択」をすすめてきた。
進学先は、家から通える地元の大学。就職率が高くて、無難で、安心できる場所。
でも、私はどうしても諦めきれなかった。
あのとき否定された夢。それでも、あきらめきれずに選んだ「芸術学科」のある大学。
もう一度だけ、自分の中で確かめたくなった。
ある日、誰にも言わずに早起きして、電車に乗った。
乗り換えの駅で少し迷って、地図を見ながら歩いて。
都会の空気は少しだけ冷たくて、知らない街の音は全部新しくて、でも不思議と怖くはなかった。
大学の門の前に立ったとき、私はたぶん、すごく普通の顔をしていたと思う。
でも、胸の中はどきどきしていた。
「ここに来たい」って、思ってしまった。
建物の古さとか、キャンパスの広さとかより、
そこに流れていた空気みたいなものが、今の私には必要に思えた。
ベンチに座って、おにぎりを食べた。
周りには誰もいなかったけど、少しだけ誇らしい気持ちだった。
「一人で来たんだ」って。
誰に言わなくてもいい。これは、私だけの旅だったから。
帰りの電車で、窓の外の景色を見ながら、
「まだどうなるかわかんないけど、私、進んでる」って思った。
親の反対も、不安も、受かるかどうかも全部あるけど、
それでも、私は自分で選んで、自分の足で確かめた。
それだけで、少しだけ前に進めた気がした。
私の「18歳」は、そうして終わりに向かっていた。